No.0029:有限〜プライオリティ
2016.04.30

 大切な資源、例えば時間や最近ビックリなほどに安くなってしまった石油、はたまた経営の3資源と言われるヒト、モノ、カネ、などなど、永遠に無限に使えない制約があります。 ここまでって限りがあるから、じゃ、その限りある宝物たちに対して、自分や、自分と関わる方々を最もオモシロく導くためには、どんなバランスで接していったらいいのだろう?って考え、やってみて、やっぱこうしよう、な試行錯誤を幾度も幾度も繰り返していくことは、とっても大切で、人生ってそんなことの継続なのかな?って私は考えています。

 自分にとって大切なこと、面白いことは、入ってくる情報、これまでの体験、人との出会いなどといった刺激によって変わってきます。だから今の自分にとって何に時間を使わないといけないのだろう?を日々考えて、新しく割り当てること、止めることのメンテナンスを続けることが大切だと考えています。Jリーグの戦績による入れ替えによってJ1が毎年、最強のチームで構成され続けるように。 

 私が従事しているシステムを作る仕事はQCD(品質・費用・納期)のバランスが非常に重要です。この3つの限りある要素は各々が密接に関連しています。例えばミスが絶対に許されない、つまり品質に重点を置くような場合、多くの人員および時間が必要となります。つまり、納期は遅くなり費用は膨らみます。納期に余裕を持たせたつもりだけど、それでも間に合いそうにない、仕方ない人を追加投入しよう!そんな対応をしたところで、必ずしも人の頭数に比例して納期を早められるワケでもありませんから厄介です。コミュニケーションや適正といった相性の問題、トップスピードにのるまでの助走期間が必要であったり、といったことで。ですので今の状況は何が一番、求められているのだろう?を適切に把握して、譲れないこと、見切ること、を考慮しバランスの良い3角形を描かなければいけません。完璧なんて滅多に・・・いや、おそらく、ありませんから。

 ここ数年、今後の中国を指し示す言葉としてニューノーマル(新常態)という言葉が頻繁に使われています。中国の指導者、習近平さんが進める、宴の後、徐々に勢いを失いつつある中、今後は穏やかな成長を目指そう!もうかつてのような華々しさとは、さよならだ、といった作戦です。豊富な安い労働力に支えられた突出したコスト競争力によって「世界の工場」ともてはやされていた過去を捨て、だって、賃金はすでに十分に高騰し、チャイナ・プラス・ワン(中国に生産を集中するリスクを回避する為に、中国以外の国、例えばインド・ベトナムなどに生産を分散させること)なんてことで、モノを作るための設備が余りつつある状況の一方で、今後は一人っ子政策の影響によって、若者が減って、お年寄りが増えることが確実視されています。つまり、成長のスピードが緩やかに変わりつつある中で、より少ない若者でお年寄りを支えていく困難な状況が待ち受けています。そんな問題への対策として、モノ→コトへの生産に人材をシフトする、輸出→国内消費を大切にするように転換する、また一人っ子政策を廃止し若者を増やす、といったことにより安定的に少しずつ少しずつ、成長に向かおう!日本のバブル崩壊後の失われた20年のような、ハードランディング(急激に状況が大きく悪化すること。飛行機が急降下で着陸し地面にたたきつけられ大惨事になることのたとえ)にならないように!というのが今の中国の段階です。

同じ手法による成長、反映には限界がある。状況に応じて変わっていかないと。

 昨年、選挙権を18歳以上に引き下げで国政に対する若者の意見をもっと反映させることが決まりました。お年寄りに偏った富を若者に!といったバランスを取ることのようです。私は賛成です。私は若者ではありませんが。状況は明らかに昔の右肩上がりの、イケイケドンドンなのとは違って、限りあるお金の使い方を変えていかないことにはニッチもサッチも行かないことになっていますので。借金を繰り返して、そのツケを次世代に!なんてやり方は持続可能とは到底思えませんので。最近の若いモノは!なんて、いつの時代も言われていたようですが、今ほど、そんな言葉が空虚に響くことはないと思います。

 人の命は有限です。 60年後には私はおそらくこの世にいない、私が死んだ後に私がやってしまった小さな失敗なんて誰も覚えちゃいない、だから勇気をださないと!って考たいものです。しかし臆病な気持ちに支配されてしまうこともあります。そう、臆病な想いは考え出すと無限ですから。そんな時は私の一番のプライオリティである家族のことを考え、勇気を出さないと!を繰り返すことで臆病をこころの片隅の有限な小さな箱に留めておきたいものです。
rolling stonesの終わりと始まりの曲