No.0058:トレードオフ 〜 万事塞翁が馬
2018.09.30


 トレードオフとは何かを優先すると、別の何かが犠牲になる、つまり、どちらかを高くしようとすると、もう一方が低くなる、シーソーのような関係のことです。私はラーメン二郎が好きです。また白いご飯も好きです。ビールも好きです。いづれも高カロリーで摂りすぎれば糖尿病などの成人病になってしまうでしょう。しかし、食べている、飲んでいる、至福の時は何事にも代えられない幸福感に包まれます。美味しいものほど体に良くない、これはもう法則だと思っています。素敵な人との時間は一瞬に、そうでない人との時間は永遠に、感じてしまうように。だからいい塩梅を心がけています(つもりです・・・)。
 
 また少し似たような言葉として私の大好きな「万事塞翁が馬」という言葉があります。 何が人にとって幸、もしくは不幸を導くのか、予測できない、という意味です。例えば若くして死の淵をさまようような大病を患うことは一見、不幸な出来事ですが、そのことが後の逆境にドシンと構えられるようになるきっかけになったりします。生きているだけでラッキー、だからピンチの時でも「それが一体どうしたっていうんだ?」みたいなことで平然としていられます。

 トレードオフの例として、このところ企業の業績を4半期ごとに発表することへの是非について政府関係者や専門家の間で活発に議論が交わされています。何かと話題の尽きない米トランプ大統領もコストがかからない等を理由に4半期から半期への変更を望んでいます。私もどちらかというと4半期決算には反対です。どうしてかというと、発表やその準備のためにかかる膨大な時間、費用もさることながら、企業の短期志向をより強めてしまうからです。 3ヶ月ごとに良い数字を作らなければいけない!ということで、長期的な偉大な成果への投資、リスクを惜しみ、手っ取り早くお金になることだけに終始することで、長い目で見ると、ゆっくりゆっくり死んでいく、そんなループにどっぷり浸かってしまっていると思われる企業も少なくないからです。(業績発表を減らすことで、投資家にとっての投資先への透明性は失われるといった副作用はありますが)

 別の例として、仕事における品質と納期の綱引きのような関係をあげることが出来ます。品質を上げようとすれば、それなりの時間が必要ですし、逆に納期を短くしようとすると、どうしても品質が犠牲になる、ことは皆さんも体験上、お感じになることも多いかと思います。今、日本のメーカーによる検査値の改ざんなどの品質偽装が相次いでいます。どうしてこんな無茶なことをするのか?理由は、製品の作り直しや修正による納期の遅延、コストの増加を避けるためです。私も納期が押し迫る中、重要度の高いとは思えない要望に応えたがために、十分な確認が困難となり品質による問題が発生したことがあります。お客さんからの不満を受け、何ともやりきれない気持ちになってしまいました。そんな経験を通じて、 やらないことを進言する責任が私にあったことを学びました。

 同じような話として、以前、著名なコンサルタントの方より伺った、組織や会社の発展に向けたリーダーの後身の育成の難しさについてです。リーダーは後身の部下のために現場から徐々に距離を置いていかないといけないが、それができないケースが少なくない、何故かというと、リーダーが活躍願望を捨てられないからだそうです。自分が成果を出していれば、お客さんからは尊敬される、社内でも自分の数字が評価されます。だから、自尊心をキープ出来ます。リーダーは、このような短期のご褒美のワナにハマってしまい、部下は権限、裁量を得ることで初めて学ぶことができる、お客さんや、業者さん、部下の部下といったステークホルダーとの協力関係とは無縁のまま、いたずらに年を重ね成長機会を失います。 短期のリーダーの満足の引き換えに、長期の組織の成長が阻害される、そんな構図です。つまりノウハウ継承の乏しさによる業績停滞、さらにはリーダーがいなくなった途端の存続困難、といった、おっかなすぎる未来が待ちうけています。  
 最近、AIによって仕事を奪われる、といったことが雑誌、新聞で頻繁に取り上げられています。そんな中、徐々にAIによって人の労働が置き換えられた事例も出てきています。例えばHISの運営する「変なホテル」ではフロントや荷物運びといった、従来は人が担っていた業務のほとんどをロボットが行うことで、生産性を高め、結果として既存のホテルの倍近い利益を上げているそうです。このような例を受けて私は、自分ができることを繰り返し行い続けることは今(短期的に)は、楽なことですが、長期的にはロボットによって私の労働が置き換わられる、つまり自分が出来ることの価値が下落するリスクになりかねないと考えています。そんなわけで 自分は今、さらには将来にそぐう考えが出来ているんだろうか?過去の経験に基づいて何となく雰囲気で判断していないか?常に自分に問い、複眼的に物事に接していたいと思っています。膨大な過去を振り返ることによる判断はAIの十八番ですので。
それまでの栄光を捨て新たな成長に向かったradiohead