No.0071:ほのぼの
2019.10.31

表題を辞書では
 
かすかに心の暖かさが感じられるさま
 
と書かれています。
 
 先日、Googleも行っているマインドフルネスの実践動画を鑑賞しました。ストレスの溜まりやすい私は、いつの日かは身につけて、平常心を保ち、パフォームできる状態をキープしたいと思っていました。やってみた結果、絶大な効果があるわけではありませんが、心が落ち着き、冷静に判断できる状態を作りだせることに気づきました。ですので、 選択肢を持たないことによる、また怒りによる、さらには偏見による、短絡からの失敗を軽減できそうな気がしています。
 
 何の本かは忘れてしまいましたが 人が成長するためにはサードプレイス、つまり3番目の場所、自宅でも職場でもない、自分が普段から解放され、異なる人、情報と交わる場所が大切だと載っていました。いつも同じではつまらないし、新たな発見もなく、現状キープです。ひょっとしたら上手く関われずに残念に終わるかもだけども、見ず知らずの人に勇気を出して自分を開示し、またその逆に相手の話に耳を傾け、質問する、そういうことで新しい可能性が拡がっていくように思いますし、そのような必ずしも利害に関係のないほのぼのな関係を作れたら素敵だと思っています。
 
 会社の上司やお客にどやされ、家では妻子に邪魔者扱いにされる、だから男には隠れ家が必要だ、みたいな特集が随分と前に雑誌に載っていました。半分わかるようで、半分は?です。家族は私にとって隠れ家のようなものだからです。小さい頃は母の抱っこが、中学、高校は家族の団らんが、家族を離れ独立した20台は、帰省時の家庭での凱旋気分が、子供が生まれた後は彼らとのやかましい食卓が、 いくら高いお金を払っても得られない「ほのぼの」です。
  
 似たような話で、子供がいじめにあった、出世で同期に出遅れた、病気で体の一部の正常さを失った、そんな ピンチの時は避難所が必要で、それが家庭だという話しをいつか見聞きしました。そんな時、家族とのほのぼのした団らんは傷みを多少なりとも緩和してくれます。
 
 悩みが、傷みが、葛藤が、ないから、ほのぼの出来るのではなく、それらがあるからこそ、それが必要だ。
 
 起業して、オンとオフがボーダーレス化し、ずっと張り詰めているような状態が続いています。仕事のない日も心の中では仕事のことを考えています。そんな風に ずっと張り詰めてばかりでは、力も工夫も発想も生じ得ません。今、自分に足りてない「ほのぼの」できる環境を作りだすことが大切だと本気で考えています。「かすかに心の暖かさが感じられるさま」を少しでも生活の部分、部分で感じられる機会を増やしていけたら素敵だと考えています。
ほのぼのしたbeck 
  • 山間の温泉に浸かる。
  • 小さい頃に住んでいた山奥の秋の紅葉を追想する。
  • 秋祭り、クリスマスやお正月といった決して豪華ではないが、心のこもった料理を気の置けない人達と笑顔で食べる。
  • 学校から帰ってきてアニメ「アルプスの少女ハイジ」を見ていた遠い過去を振り返る。
  • 親戚や友人と酒を呑みながらバカなことを話す。
  • 子供の手を握りながら、母親のそれを思い出す。