No.0083:タイミング
2020.11.01

 あの時、こうしておけば良かった、あそこまで言う必要はなかった、どうして我慢出来なかったのだろう?例え相手が悪かったとしても、と後になって後悔してしまうことがあります。でも今となっては、もうそのタイミングは残されていない。もう少し早く気づいていれば・・・。

覆水盆に返らず

  必要な時に必要なことを、足りなくても、余計過ぎても、早くても、遅くてもいけません。でも誰もその適切さなんて、その時は分かりやしません。後になって振り返って、評価が定まります。「後」はすぐだったり、随分と先のことだったりします。また一度定まった評価が後になってひっくり返ってしまうこともあります。そんな風に 正解なんて曖昧なものですから少し早くて、少し余計なくらいでいいと考えています。今回はそんな「タイミング」について私の思うところを書いていきます。

 私の考える悪いタイミングの一例として、自らの利益のために、ターゲットのためになるようなハッタリをかまして不要なものを不要なタイミングで売りつけるような行為を見聞きすることが少なくありません。しかも一度きりではなく、長い付き合いにによって作られた「信用」を利用して、あたかもターゲットのことを思っているかのようないい口で長い時間をかけて少しづつ、少しづつ、利用する、寄生中のような嫌なやり方です。

 銀行家というのは、太陽が照っている時に自分の傘を差しだし、雨が降り始めるやいなや傘を返せというようなやつだ。
マーク・トウェイン

 その反対に適切なタイミングの一例として、新たなことを始めて習得するにあたり、そのタイミング、タイミングに適した姿勢が重要だと考えています。どういうことかと言いますと、 最初からオリジナルを気取ってはいけないということです。まずはその道を極めている方に対して従順、素直な姿勢で貪欲に吸収しまくる謙虚さが肝要です。ある程度、基礎を固めることが出来た後、自分なりにアレンジしてみて、周囲の反応に応じて、さらに独自性を追求する、そんな順番が上達への近道だと考えています。

守破離

 もう一つ適切なタイミングの一例として、引き際の大切さです。老害という言葉を耳ににすることがありますが、過去の成功体験を引きずって、とうにその優位性は失われているにも関わらず、それを捨てられず、こだわり続けることで、当人ばかりか組織を少しづつ、少しづつ、壊してしまう、新聞記事に載っている斜陽企業のモデルケースです。パチンコや麻雀、株の売買もそこそこのところで切り上げておけばいいのですが「まだまだ!」な欲でもって儲けを失うことになります。

しっぽと頭はくれてやれ。
 
 先日、父が亡くなりました。元気な時には必ずしも仲の良い親子ではなく、感謝の言葉は長い間、途絶えていました。そのような中、入院していた父の衰えがいよいよ顕著になった時、今までにない素直な表現で感謝の言葉を伝えられた時、意識が朦朧とする中、少しうれしそうな表情を返してくれました。それから3日後に父は亡くなりました。コミュニケーションのタイミングとして悪くないものでした。今までの経験が少し早いことの適切さを私に教えてくれました。 時間は戻せませんが過去に対する捉え方は変えられますし、過去の"あーあ"を今後の修正の材料にできることを実感しています。
live forever